Mr.ブラボーの幸せになるこころの法則

Mr.ブラボーはこころの幸せについて、いつも考えています。お金や物も大切ですが、Mr.ブラボーは「こころの幸せ」が真の幸せだと考えています。このブログは宗教とは関係ありません。ブログの更新は、毎週水曜日の予定です。 この処方箋がみなさんの心の健康にお役に立てば幸いです。初めてこのブログをお読み下さる方は最初にこちらをお読み下さい。

その他

ブレない事について

 自分の信念を貫いて何事があろうともブレない人がいます。
普通に考えるとブレないことは素晴らしいことのように思えます。
でも、ブレない事はとても難しいことですし、逆に考えれば環境への順応性が無いことにもなり、よく考えてみれば一長一短なのかもしれません。
 お笑い芸人の「日本エレキテル連合」や「ダンディ坂野」は持ちネタが1つしかなく、一見ブレていないようにも見えましたが、新しい芸を生み出すことの出来ない芸人は飽きられて消えていきました。
 自分の信念を貫き通して成功する人は幸せです。
自分の道を貫き通して、いつか自分の時代が来ることを夢見ているミュージシャン等もたくさんいます。
 シンガーソングライターの井上陽水は、フォークソング(当時のジャンルの呼び名)で初めてギターストロークに16ビートを用いたと言われています。松山千春はフォークソングでギターにスピードの速いスリーフィンガー奏法を始めて用いて新しい時代を切り開きました。
 自分の信念を貫いて新しい時代を切り開くことは、大きなリスクとエネルギーを要します。それは、自分が人生で成功する夢を見ることで得られるエネルギーに支えられているんだと思います。

それでは、また。

今月の曲
ピアノ曲 題名不明 No.1

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ベクトル思考(良し悪しの判断)について

 人はよく、悪い事でも程度が小さいと「そんな些細(ささい)な事はどうでもいいじゃないか」と言います。
私は少し違って、「あるべき姿」と「ベクトル思考」で物事の良し悪しを考えます。
 まず、「あるべき姿」とは、物事が理想の姿や行動になっている事を意味します。「当たり前の事を当たり前にやる」ことでもあります。
 次に、「ベクトル思考」とは、私が考えた言葉ですが、物事の良し悪しを「程度」ではなく、「良い方向に向かっているか」で判断する考え方です。方向が「悪い方」に向かっていれば、程度、頻度が小さくてもダメというわけです。
 このように考えれば、「些細な事」でもベクトルが悪い方向に向かっていればダメと判断されて、物事の良し悪し(あるべき姿)が明確にわかるようになります。
 些細な悪(悪い習慣)を積み重ねればやがて、大きな悪になり、取り返しのつかない事にもなりかねません。物事はエスカレートします。人は現状に慣れてしまえば感覚が麻痺(まひ)してしまい、悪い事を悪い事だと認識しなくなります。
 集団心理もそうです。昔、「赤信号、みんなで渡れば青になる」という言葉がありました。
自分だけは、しっかりした判断基準で物事の良し悪しを見極めて行動したいものです。

それでは、また。

今月の曲
「風の便り(男声版)」(オリジナル)

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自分を変えることについて

 人は一度ならず「自分(の性格)を変えたい」と思ったことがあるかと思います。
それは、ほとんどの人が今の自分に満足していないからだと思います。結論から言えば、私はあまり自分は変えなくても良いと思っています。その人が生まれ持った性格を「持ち味」として活かした方が、よほど合理的で効率的かと思います。
それでもなお、自分を変えた方が良い場合もあります。それは、社会生活を営むにあたって、社会に適応できない場合や、法律違反をしてしまう場合です。
 私は自分(の性格)を変えることは、少しならば可能だと思います。でも、自分を変えるには、大きな精神的エネルギーと忍耐力が必要だと思います。
 長年続けていた喫煙をやめる人がいます。習慣を変えることは、大きな精神的負担と肉体的苦痛を伴います。そのエネルギーの源となるのは、まずは動機です。私の父親は長年喫煙の習慣がありました。1日にタバコを3箱も吸うヘビースモーカーでした。でも、タバコをやめました。これは、父親が癌を患い、手術で命は助かったものの、喫煙を続ければ命に関わると思ったからだと思います。
生活習慣を含めて自分を変えることは、ある意味、不安と恐怖を伴います。
 自分を変えるためには、それまで慣れ親しんだ習慣を捨て去る「斬新さ」と「大胆さ」が必要不可欠かと思います。

それでは、また。

今月の曲
「ネオン街の女」(オリジナル)

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ストレスをエネルギーに変える

 私たちは「ストレス」という言葉を日常よく耳にします。精神医学用語では、正しくは、ストレスの原因になる事(物)を「ストレッサー」と呼びます。
 日常生活において、ストレスは無いに越した事は無いのですが、私は適度なストレスがあった方が気持ちに張り合いができて精神衛生には良いと思います。
 私は音楽が好きで、日常よくDAP(ディジタル・オーディオ・プレーヤー)で音楽を聴いたり、趣味でトランペットやギターを演奏したりします。
 DAPやイヤホンも、もっと高価で音質の良いものが欲しいと思うのですが、お金は有限です。
昔はより高級な物へと買い換えたいと思っていましたが、最近では中ぐらいで妥協できるようになってきました。オーディオ機器を考える場合、中ぐらいのものが一番コストパフォーマンスが良いと思います。とりあえず、今使っているDAPとイヤホンでそこそこ満足していますが、完全に満たされたわけではありません。この「満たされない」ということに「伸びしろ」ができ、そこを妥協するのも、ちょっと負け惜しみではありますが、なかなか乙なものです。また、お金に余裕ができた時に、いつかは買い換えたいという気持ちがエネルギーになります。
 楽器にしてもそうですが、私は安価(といっても、そんなに悪いものではありませんが)な楽器を使っていたときはよく演奏したのですが、高級な楽器を買ったとたんに、あまり演奏しなくなったという経験があります(ちょっと、あまのじゃくですね)。これは、満たされないという気持ちが演奏したいというエネルギーになった例です。本当は、高級な楽器を買っても演奏し続けるという健全な心が一番良いに越したことはありませんが。

それでは、また。

今月の曲
「夕暮れの初恋物語」(オリジナル)

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ダンス!ダンス!ダンス!

 村上春樹の小説に「ダンス・ダンス・ダンス」という題名のものがありました。
私もかなり昔に読んだので、内容は忘れてしまいましたが、「事の有意義か否かは考えずに、とにかく踊り続けろ」という意味だったと思います。
 私たちの日常生活では、無駄と思える行動や行為がかなりあると思います。私なりには、その行動や行為が建設的であれば、無駄ではなく有意義に思えるのですが、その行為そのものが楽しく思えれば、それはその人にとっては有意義なものなんだと思います。
 私は最近、スマートフォンでのゲーム(特に反射神経ゲーム)をやりません。ゲームをやって頭を鍛えたり、頭の老化防止に役立てるのが目的なら有意義かと思いますが、私ならその時間を使って読書をしたり、情報を収集します。
 私は趣味でトランペットやコルネットを演奏しますが、演奏することは私にとっては楽しいものです。楽器の演奏自体は建設的なものではありませんが、より良い音を出せるように練習したり、もっと上手く表現できるように練習することは、建設的なことだと思います。
 私たちは人間ですが、動物の一員であり生き物です。生きるためには体を鍛えたり、運動する必要があります。そのように考えると一見無駄だと思えるようなダンスでさえ、有意義な事かもしれません。なにしろ、体を動かすことは楽しいです。
 心と体が喜ぶことは、生命にとって良いことなんだと思います。

それでは、また。

今月の曲
「風の便り」(オリジナル)

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