Mr.ブラボーの幸せになるこころの法則

Mr.ブラボーはこころの幸せについて、いつも考えています。お金や物も大切ですが、Mr.ブラボーは「こころの幸せ」が真の幸せだと考えています。このブログは宗教とは関係ありません。ブログの更新は、毎週水曜日の予定です。 この処方箋がみなさんの心の健康にお役に立てば幸いです。初めてこのブログをお読み下さる方は最初にこちらをお読み下さい。

第一法則(幸せは真中にある)

いい加減と良い加減

 「いい加減」と「良い加減」は言葉は似ていますが、全く違う言葉ですね。
「いい加減」はどうでもよい投げやりな態度を表わしますし、「良い加減」は程よく、適度な程度を表わします。でも、この2つの言葉には共通する点があります。
 物事を適度に行う場合、良い意味で「いい加減さ」が必要だと思います。でも、気を付けることは、全てをいい加減に行うのでははなく、ポイントを押さえて、そこはしっかりやった上で、あまり重要ではないところを「いい加減」にすることです。
 私は中学時代の部活でバスケットボールをやっていましたが、その時のコーチが、「ディフェンス(防御)では『頑張りどころ』をしっかりやりなさい」と言われていました。ボールが遠くにあるときは、あまり頑張る必要が無く、今、ボールが目の前にあるときには、集中力と体力の全てを注いでプレイしなさいということです。
 人の精神力と体力には限りがあります。それをいつもフル活動させていたら身が持ちません。そういうときには、「ここぞ」というときには100%力を使いますが、あまり重要ではないことには力を使いません。普段は80%の力で行い、気力と体力を温存します。
 剣道でも竹刀(しない)を握るときには、ぎゅっと力を込めて握るのではなく、力を抜いて握ります。握りに力を込めるのは、相手を打つときです。
 何事をするにも、最初は力加減が分からず、いらないところに力を入れてしまいます。ベテランになるにつれて、だんだん力加減が分かってきて、不要なところに力を入れなくなります。
 私は趣味でトランペットを吹きますが、初心者の頃は、力任せに吹いて、1曲吹くといつもバテバテでした。上達するにつれて、力加減が分かってきて、楽に吹くことができるようになりました。
 「いい加減」と「良い加減」、ベテランは不要なところは「いい加減」なのかもしれません。

それでは、また。

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自分を律することについて

 みなさんは、朝、一人で起きられるでしょうか?一人暮らしの方は、自分しか頼る人がいないので、目覚まし時計を使って、一人で起きているのだと思います。
私は小学生の頃から親に起こされずに、目覚まし時計を使って、自分で起きていました。また、それが習慣化されると、目覚ましが鳴る前にひとりでに目が覚めたりします。
私の2人の娘たちはどうかと言えば、目覚まし時計が鳴っても、目が覚めません。毎朝、何度も母親に起こされて、やっと起きる状態です。これも、もって生まれた性質なのでしょうか?
 自分で起きられる人も、休日の朝、二度寝をしてしまったりして、時間を無駄に過ごしてしまうことがあります。これも、一度や二度ならまだしも、毎回となると問題があるように思います。
(まあ、休日の過ごし方は人それぞれ、自由ですが。)
 「自分を律すること」とは、自分を戒めることです。一見、辛いことのようにも思えますが、逆にだらけてしまうと、後になって後悔する事の方が多いように思います。
 ここで、私が言いたいことは、自分に厳しくし過ぎても、うまく行かないということです。逆にだらけ過ぎるのも駄目です。私は幼い頃から、かなり厳しい教育を受けて育ちました。それはそれで良かったと思います。ただし、これも限度を過ぎるとうまく行かなくなります。
諺(ことわざ)にもありますが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」です。
 自分を律しすぎると、選択する道が狭くなります。多少、選択肢に余裕を持たせた方が、良い案が出たりします。私の経験からすると、多少、流れに任せた方が、事がうまく進むことがあります。また、物事に「絶対」はありません。現実生活においては、物事が理想どおり進まなかったり、思わぬ障害が発生して、予定通り事が進まないこともあります。
 ちょうど良く、自分を律して、それを良い習慣にすれば、事がうまく運ぶと思います。

それでは、また。

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刺激について

 私たちが生きていく上で、刺激は必要不可欠なものです。五感による外界の情報の知覚はすべて刺激を通して行われています。
 最近、外食産業の食べ物に「激辛」ブームなるものがあります。学生の頃は友達同士で半ば遊びで15倍カレーなどを食べたこともありますが、実は私は辛いものが苦手です。最近の食品は一昔前よりも辛くなっている傾向にあると思います。「マイ七味」などを持ち歩く人もいるようです。人それぞれ、いろいろな好みがあると思いますが、私はなんでも辛くして食べる必要は無いと思っています。
辛いものがもてはやされる背景には、人は味によって刺激を求めているのだと思います。
 私はどちらかというと聴覚型です。目からの情報よりも耳からの音による情報の方が記憶に残りやすいです。音といえば音楽です。音楽も脳に刺激を与えます。疲れているときなどは、大音量で音楽を聴きたくないので、音量をしぼったり、刺激の少ないソフトなジャンルの音楽を聴きます。心身ともに元気で活力に満ち溢れているときは、ロック音楽や迫力のあるクラシカル音楽が聴きたくなります。
 刺激は多すぎても良くないし、逆に全く無いと心身の活力が無くなってしまいます。
ちょうど良い刺激で健康的で充実した生活を送りたいですね。

それでは、また。

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用心することについて(その2)

 出かけるときにドアに鍵をかけたあと、みなさんはドアが閉まっているかどうかドアを引っ張って確認しているでしょうか?私は今は一度ドアを引っ張って戸締りを確認しています。以前は二度引っ張っていましたが、今は一度にしています。ドアを引っ張ることで、鍵をかけ忘れていないかの確認にもなります。私の妻は三度以上ドアを引っ張って確認します。確認することは良いことですが、必要以上に確認することはないと思います。
 私の家はマンション(集合住宅)なので、一軒家よりは戸締りを厳重にしなくても良いと思っています。隣の家なんかは、夏に戸締りをせず、玄関のドアを半開きにしたままにしています。これでは用心不足だと思います。私の家では夜寝るときには、ドアチェーンをロックしています。用心深い家では、ドアの鍵を二重にしたりしています。空き巣(どろぼう)もドアの鍵が二重になっていれば、入るのをあきらめる場合があるそうです。ダミーの鍵を付けて見かけ上、鍵が二重になっているように見せる製品も販売されています。
 横断歩道を渡るとき、青信号になったらいきなり飛び出す人を見かけますが、私は信号が青になってから一呼吸おいて安全を確認してから渡るようにしています。5歩ぐらいで渡れる道路の場合、車がまったく通っていないときは赤信号でも渡ってしまうことがありますが、それでも三倍の注意をはらって道路を横断します。
 用心することにこしたことはありません。ネガティブ思考は用心することに役に立ちます。でも、用心しすぎると心が疲れてしまいますし、逆に不便になってしまうことがあります。

それでは、また。

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当たらずしも遠からず

 先日、不確実なことがあると、全否定してしまうという女性に出会いました。最初、話していて、こちらの質問に「はい」か「いいえ」でしか答えてくれなかったので、この人は話をしたくないのかな?と思っていましたが、ちょっと違いました。
 たとえば、彼女はテレビのニュースは情報が操作されていて全部が嘘だから、ニュースは見ないと言われていました。確かに、ニュースでも多少情報に操作があったり、誤認識で間違ったことが報道されることもあります。でも、ニュースの取材者、報道者は、報道内容を少しでも事実に近づけようと努力していると思います。
 その女性は現在私たちが教わっている歴史についても、嘘だらけだと言われていました。私が中学生の頃の歴史の教科書と今の教科書には、多少表現の違いがあります。これは、歴史に新たな事実が確認された箇所についてのみです。鎌倉幕府を創設した年号も昔と今では変わっています。
 他には裁判もいい加減なもので、冤罪(えんざい)だらけだと言われていました。確かに冤罪は存在します。どうもこの女性は1のものを100にとらえて、それで全否定してしまうようです。ただ、この女性は聖書だけは真実であると信じているそうです。議論を長引かせないように、私は聖書についてはあまり追求しませんでしたが、特に今ある新約聖書は教会の都合の良いように、イエスが神の子であることを証明する内容のみになるように、編さんされていると認識しています。新約聖書の原点となる「死海文書」が発見されたとき、今ある新約聖書以外の聖書も見つかっています。
 物事を100%真実をとらえようとするには、無理があるかと思います。私は「当たらずしも遠からず」で良いと思っています。80%真実をとらえられれば上出来だと思います。また、私たち人間の五感と脳で認識できることは、物理現象すべてではありません。例えば、物理学の世界では「時間は連続していない」ことがわかっています。でも、時間が連続していなくても、私たちが生存するにあたっては、それが認識できなくても何の不都合もありません。
 私は不確実なことがあっても、それを全否定する必要はないと考えます。世の中0/1ではないのです。「当たらすしも遠からず」、それでいいじゃありませんか。

それでは、また。

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