Mr.ブラボーの幸せになるこころの法則

Mr.ブラボーはこころの幸せについて、いつも考えています。お金や物も大切ですが、Mr.ブラボーは「こころの幸せ」が真の幸せだと考えています。このブログは宗教とは関係ありません。ブログの更新は、毎週水曜日の予定です。 この処方箋がみなさんの心の健康にお役に立てば幸いです。初めてこのブログをお読み下さる方は最初にこちらをお読み下さい。

2012年09月

逆らわないことについて

 人はみな、自然や宇宙の法則に逆らって生きている人が多いと思います。人が生きていくためには、やりたくない事や、不理仁な事もこなしていかなくてはならないことがあります。
でも、法則に逆らい続けると、それが心や体の歪みとなり、体調に不調をうったえたり、病気になったりします。
自然の法則に逆らわない生き方をしていると、自然体が身につき、自然との調和が得られます。
 柔道の達人は、相手の力を利用して、相手を投げると言われています。強引に力で相手をねじ伏せるのではなく、相手の力に逆らわないやり方です。
 力には作用と反作用があります。力に逆らわない生き方をしていると、反作用がなく、物事がスムーズに回ります。
 ここで私が言いたいのは、長いものに巻かれて、卑屈に生きろと言うのではありません。無駄に諍(いさか)いを起こしたり、喧嘩をしたりしないということです。
 宮本武蔵の書かれた五輪書の「水の巻」に、水は何物にも逆らわないと書かれています。水はその時々で形を変えます。でも、水は力を持っています。
 白馬が草原を駆け抜けるような、そんな生き方をしてみたいものです。

それでは、また。

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「穢多(エタ)・非人」効果について

 江戸時代に、士農工商という身分制度がありましたが、農民の生活は苦しいものでした。でも、農民の下には「穢多(エタ)・非人」という賎民(せんみん)がいました。
 私は自分よりも能力が低かったり、不幸だったり、容姿の悪い人がいることで相対的に優越感に浸ることを、穢多・非人効果と呼んでいます。
 これは、私の意図からすると褒められたことではないのですが、心の支えとして現実にはあるのではないでしょうか。
 ちょっとずるい考え方ですが、人には見栄や虚栄心があり、相対的な幸福を求める場合があります。他人と比較して、自分の方が幸福だとか、自分の方が優れているという考え方です。
 以前、私は「よい人になりすぎない」という事を書きました。この相対的な幸福を求めることで、それが心の支えになって、心のエネルギーが増幅されるなら、それもありかなと思っています。
 でも、最終的に目指すのは、絶対的な心の幸福だと私は思っています。相対的な幸福をステップとして、絶対的な幸福を目指せたら、それはそれで良いと思います。

それでは、また。

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一つ失うと一つ得られる

 この世の中には、五体満足ではない人が大勢います。五体満足でも持病があったり、精神的な病気を持っている人もいます。
 ミュージシャンのスティービー・ワンダーは生まれつき目が見えませんでした。それでも彼はピアノを弾き、自分で作曲した歌を歌います。目が見えたほうが便利に決まっていますが、彼は目が見えない分、他の人よりも聴覚と音感が発達しているんだと思います。
 この世の中には完璧な人は一人もいません。みんな個性を持っていますし、得手不得手もあります。人それぞれに他人よりも優れていること、他人よりも劣っていることがあると思います。
 私が常日頃から感じていることに、「一つ失うと一つ得られる」ということがあります。なんでも持っていて、すべてがうまくいけば、それはそれでとても幸せなことだと思います。でも、この世の中、そううまくはいきません。なんでも得られる人は、そう多くはいないと思います。
 視力を失った人、聴力を失った人、その他何か(例えば最愛の人)を失った人には、それを埋めるために、何か特別なプレゼントがもらえると思っています。ただ、そのプレゼントに気づくのは、自分次第です。
 この世の中はみんなで協力し合って、支え合って成り立っています。支え合う喜びを感じることができたら、その人は幸せだと思います。

それでは、また。

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嘘をつくことについて

 この世の中、嘘をつく人が多すぎると思います。これだけ世の中が複雑になると、本音と建前ができてしまい、嘘なしには、世の中がスムーズに回らないのだと思います。でも、その嘘がばれると、人は信用を失います。
 基本的に私は嘘をつくことが嫌いですし、不器用な私は嘘をつくのが下手です。また、嘘をつくと良心の呵責(かしゃく)に耐えられません。
 体調不良で会社を休むときは、きちんと体調不良と言って会社を休みますし、あまりありませんが、寝坊したときは素直に寝坊したと言って謝罪します。
 大抵の要領のよい人は、寝坊したときには、何かとうまく理由を見つけて、うまく言い訳をするようです。そういう意味では、私は生きるのが下手なのかもしれません。
一度嘘をつくと、その嘘を隠すために、嘘の上塗りをしなければなりません。私は嘘をつくぐらいなら、言わないほうが良いと思っています。
 嘘をつくことは、素直さから遠のいてしまうことです。中には、いつも嘘をつくことで心の安心感を得ている虚言癖(きょげんへき)の人もいます。こういう人は他人から信用されませんし、嫌われます。
 この複雑な世の中では、大人になると、「良い嘘」と「悪い嘘」を考えて、上手に使い分けなければなりません。
 一昔前は、医者は癌(がん)などの病気を患者本人に告知しない場合がありました。でも現在では、必ず告知するようです。
 私はこの世の中が、嘘をつかなくてもうまく回る世界になることを願っています。

それでは、また。

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