Mr.ブラボーの幸せになるこころの法則

Mr.ブラボーはこころの幸せについて、いつも考えています。お金や物も大切ですが、Mr.ブラボーは「こころの幸せ」が真の幸せだと考えています。このブログは宗教とは関係ありません。ブログの更新は、毎週水曜日の予定です。 この処方箋がみなさんの心の健康にお役に立てば幸いです。初めてこのブログをお読み下さる方は最初にこちらをお読み下さい。

2012年06月

勝つことと負けること

 この世の中は、いろいろな競争で満ち溢れています。私たちは、小さな頃から勉強において競争を強いられています。社会に出れば、仕事の成績での競争が待っています。会社においても生き残るための生存競争があります。
 私は中学生のとき、部活でバスケットボールをしていましたが、地区予選大会で優勝候補のチームに1点差で勝ちました。「運も実力のうち」などと言いますが、一点差では実力に大差はありません。それでもスポーツなどの試合では、たった一点差でも勝ちと負けに大きく分かれてしまいます。私たちの先輩は、北海道大会で優勝しましたが、そのときの優勝決定戦はすさまじい試合でした。先輩達のチームは残り3秒でハーフコートからブザービートのシュートを放ち、そのシュートが決まって同点に追いつき、延長戦で3点差で逆転勝ちしました。
バブル経済のときにも、バブルの恩恵を受けられた者を「勝ち組」、受けられなかった者を「負け組」などど呼んだりしていました。
 でも、それまでしても、本当に競争が必要なのでしょうか。関東地方の都心部では、子供たちは勉強において相当なプレッシャーをかけられていますが、私の育った北海道では勉強において、それほどのプレッシャーはかけられていませんでした。勉強をしたいものは、みんなのびのびと(または必死に)勉強し、私の通っていた高校からは東京大学に現役で2人合格者が出ました。
私の母は高校時代に陸上競技で100m走と400mリレーの種目でインターハイ(全国大会)に出場しています。インターハイに出場するには、北海道大会で優勝しなければなりませんので、その練習は並大抵ではありません。
練習では、吐く寸前まで走りこみをしたそうです。
 そんな母が言っていた言葉ですが、「練習の敵は相手ではない。弱い自分の心と闘いなさい。競争するのなら、自分と競争しなさい」と言っていました。
また、ある人は「人は勝ち負けだけでは決められない。だから『勝つ』という言葉は好きじゃない」と言っていました。私はそのとき「勝つ」という言葉が好きでなければ「負けない」という言葉を使えばいいと答えました。
確かに「勝つこと」ばかりが大切ではないかもしれません。勝たなくても「負けない」ということもあるかもしれません。
人それぞれに長所と短所があります。その人の人柄は、その長所と短所を総合したものです。
また、人の能力もさまざまです。一面を見ただけでその人を評価することはできません。
 勝つことと負けること、それ以外にも大切なことがあると私は考えています。

それでは、また。

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知らないことを知らないと言えること

 私の父親は、何かを質問しても、「わからない」とか「知らない」と答えたことがあまり無かったように思います。
小学校の教職員をしていて、人にものを教える立場だった父は、「知らない」と答えることを許されないと思っていたのかもしれません。質問されると必ず考えて、何かしらの回答を出していました。
 そんな環境で育てられた私も、知らないことを「知らない」と答えられるまでに、時間がかかりました。私の頭の中には「知らない」と答えることは、恥ずかしいこと、カッコ悪いことだという意識がありました。
でも、大人になってからは、知らないことがあったら、自分で調べたり、素直な気持ちで「教えてください」と言えるようになりました。
 人には「知りたい」という欲求(私流に言うと知識欲)があります。この情報化社会では、必要なことを知っているのと知らないのでは、生きていく上で大変な差が生じます。それに、知らないことが多いと、不安になります。
 私が小さかった頃は、パソコンやインターネットなどあるはずもなく、情報源として百科事典が売られていました。教養のために、一家に1セット百科事典を備えておいた時代です。
その百科事典でも、私が調べたいことが載っていないこともありました。今ではインターネットのウィキペディアのページで、百科事典に載っていないようなことも掲載されています。ウィキペディアに掲載されている情報は、すべてが真実ではないかもしれませんが、私としては、その内容を信じてもよいとして読んでいます。
 知らないことや、わからないことがあったら、まずは自分で調べたり考えたりしてみて、それでも回答が得られなかったら、それを知っている人に素直な気持ちで「教えてください」と教えを請うことは、とてもよい事だと思います。

それでは、また。

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シンプル・イズ・ザ・ベスト

 新約聖書には「人間は物事を複雑に考えすぎる」と書かれています。
人の頭の中には、感情が渦巻いていて、どうも物事を複雑にしたがる傾向があると思います。
私は、基本的には合理的な事が好きだし、わりと物事を単純にすることを好みます。
「シンプル・イズ・ザ・ベスト」です。
私は趣味で作曲をしますが、伴奏にあまり複雑なコードは使いません。複雑なコードを使う十分な技術が無いこともありますが、単純なコードを使ったほうが、曲がきれいに仕上がることもあります。
 以前にも書いたと思いますが、この世の中にある「便利グッズ」の約9割は、無くても不便を感じないものばかりだと思います。例えば、詰め替え用のシャンプーを詰め替えずに、詰め替えパックをそのまま使えるようにした容器が販売されています。これも、少しの手間をかけて詰め替えれば、そんなものは買わなくても何の問題もないと思います。
 私も今まで、いろいろと無駄な物を買ってきました。もし、無駄な物を一切買わずに、本当に必要なものや、本当に役に立つ、ちょっとした贅沢品のみを買っていたら、かなりのお金が節約できると思います。
 でも普通の人は、それができません。時には無駄も必要なことなのかもしれません。無駄だと思われるものが、あるとき役に立つこともあります。たくさんの無駄の中で、ほんの一握りですが、自分にとって役に立つものもあります。
 余計なものを買わずに、身の回りを常に整理していると、頭の中もきれいに整理されます。
みなさんも「シンプル・イズ・ザ・ベスト」を心がけてみては、いかがでしょうか。

それでは、また。

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極楽と地獄について

 最初、タイトルを「天国と地獄について」にしようと思いましたが、架空の世界にある天国と地獄ではなく、現実世界にある天国と地獄について書こうと思ったので「極楽と地獄について」というタイトルにしました。
極楽も地獄も、人の心の中にあります。
一休さんが武士に、「極楽と地獄とは何か?」と尋ねられたときも、「それは人の心の中にあるものだ」と答えています。
 私は学生時代に勉強することが辛くて、地獄の中にいるような気持ちがしていました。でも、辛い勉強の中にも「解かる楽しみ」や「達成する楽しみ」がありました。試験で高得点をとったときにも喜びを感じました。それで地獄の中にも極楽があることを学びました。
仕事も同じで、仕事は基本的には辛いものです。でも、その仕事が好きならば、辛い仕事にも喜びを感じられるし、充実感が味わえます。自分が従事している仕事が、人や社会の役に立っていることを実感できるならば、それも喜びに繋(つな)がります。
「好きこそものの上手なれ」という言葉があります。何かをするには、苦痛や疲れが伴います。でも、物事を行う中に楽しみを感じることができたら、それを継続して行うことに苦痛が少なくなり、喜びが多くなります。
自分の好きな事を仕事にできる人は幸せな人だと思います。
 現代はストレス社会と言われて久しいです。人間関係の問題や、無理難題を解決しなければならないこと、大きな問題を抱えていれば、精神的に疲労して、こころが萎えてしまいます。
うつ病をはじめとする精神的な病気になる人も、ますます増えています。
うつ病はこころのストレスがたまって、休暇をとらないで疲労すれば、誰もがかかる病気です。
日ごろ元気な人の方が、うつ病にかかりやすいとも言われています。
また、体が健康でなければ、こころも健康になりにくいです。
こころの病になって、勉強や仕事を継続できなくなる前に休暇をとって休める社会、仕事をみんなで分け合える社会になると、みんなが幸せになれると思います。

それでは、また。

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