人は人生において、たくさんの岐路(分岐点)に立たされて、道を選択しながら生きています。後で、選んだ道について後悔することも多々あります。
私は大学時代に、情報処理(コンピューター)の道を選びました。もともと頭の構造が文系型だった私には、結局はコンピューターの仕事は向いていなかったようです。あの時、薬剤師になる道を選んでいたら、今ではもっと能力が発揮できで、収入面でも安定した生活が送れたかもしれないと思っています。でも、違う道に進んでいたら、今の自分はないと思っています。
未来は予測不可能です。80~90年代のバブル経済も予測できませんでしたし、バブル経済の崩壊も予測できませんでした。人は自分で選んだ道を責任を持って歩いていくしかありません。人生にリセットはありません。
 私は北海道で生まれましたが、今は神奈川県に住んでいます。大学に北海道の大学を選んでいたら、今は神奈川県に住んでいることもなかったと思います。また、今の妻や、子供たちにもめぐり合えなかったことでしょう。
すべては繋がっています。もし、違う人生を選んでいたら、私の作曲した曲も違うものになっていたかもしれませんし、その曲はできていなかったかもしれません。
大学は埼玉県の田舎にありましたので、近くの川原でトランペットの練習をすることができました。大学時代に友人にもめぐり合えましたし、今でもそのときの友人と連絡をとりあっています。
 若い頃は「もし~」という言葉を「期待」に使うことが多いと思いますが、年齢を重ねるごとに「もし~」という言葉を「後悔」に使うことが多くなると思います。
会社の先輩が本を読むことを私にしきりに勧め、社会人になってから小説を中心に読書の習慣が身につきました。今まで、25年間で読んだ本は800冊を超えていると思います。
 私の父は中学生のとき、風邪をこじらせて修学旅行に参加しませんでした。その修学旅行で使ったフェリー(青函連絡船)が台風にあい、転覆して生存者は1人もいませんでした。いわゆる宗谷丸事件です。そのとき、父が修学旅行に参加していたら、私は生まれてこなかったことになります。
 どんな時代においても、どんな環境においても、今できることを精一杯やるのが、私たちの使命ではないでしょうか。

それでは、また。

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