もし、人の命が永遠だとしたら、私はそれはそれで結構なことだと思います。生物の本質としても、すべての生物は生きようとして行動しますし、死を恐れます。精神的に健康な人、または普通の人は長く生きることに喜びを感じます。歴史的に見ても「不老長寿」の薬を求めた権力者が何人もいました。人を含めすべての生物(生命)は必ず老いていき、最後には必ず死ぬことが宿命です。ところで、人の命が永遠だった場合、人は本当に幸せでしょうか。私は疑問に思います。
アニメ「海のトリトン(原作:手塚治虫)」に、呪いをかけられ死ねない体にされてしまった一匹の魚がでてきました。その魚は死ねないことについて、とても苦しんでいました。最後にトリトンの短剣で安らかに永遠の眠りにつきました。
私たちも、「年老いていつかは必ず死ぬ」とわかっているから、人生を有意義に生きようとしたり、頑張れることがあるのではないでしょうか。
私の母親は高校時代、陸上部の部長をしていて、トラック競技でインターハイ(高校全国大会)に出場しました。インターハイ出場のチームですから、練習の厳しさも並大抵ではありません。そんな厳しい練習の中、母は「時間が来れば練習は終わる」と言い聞かせて、苦しい練習に耐えたそうです。
私は中学時代、部活でバスケットボールをやっていましたが、2年先輩が全国大会出場、1年後輩が北海道大会準優勝という中学校でした。残念ながら、私の代はそこまではいかなかったのですが、練習のメニューは同じで、並の高校生よりも厳しい練習メニューをこなしていました。私といえば、厳しい練習の中で「時間が来れば終わる」とは思わずに、1つ1つの練習メニューを確実にこなしていくという方法で厳しい練習に耐えました。
勉強にしても、仕事にしても、楽しいことよりも辛いことの方が多いと思います。でも、少しの楽しみが多くの苦しみを打ち消してくれることがあります。勉強では、難しい問題を解き終えたとき、充実感がありますし、理解できれば頭がすっきりします。仕事においては、よい品質のものを提供し、お客さんが喜んでくれる姿を見たり聞いたりすると、それまでの苦労が吹き飛んでしまうことがあります。仕事の後の一杯のコーヒーや、ビールがとても美味しく感じられることがあります。
「終わりがあるから頑張れる」。そのようなこともあるのではないでしょうか。

それでは、また。