私たちは毎朝目覚めます(当たり前ですよね)。
でも、朝目覚めたときは、私の言う「本当に目覚めた」わけではありません。目は覚めているけれど、まだ頭が立ち上がっている状態ではなく、なんとなく寝ぼけています。
これから私が書く「目覚めた」状態とは、きちんと頭が立ち上がり、頭のスイッチがONになった覚醒した状態を言います。
インドのお釈迦様は自(みずか)ら「仏陀(ブッダ)」と名乗りました。これは「目覚めた者」という意味です。お釈迦様の弟子たちも後に次々に悟りを開いていきました。「悟りを開く」とは、完全な目覚めで、この世のありとあらゆるものについて、また、物の道理について完全に理解し、自分の心を完全にコントロールできる状態を言います。私たちは肉体を持っていますので、「悟りを開く」ことは容易ではありませんし、現実生活において、悟りを開くことは必要だとは思えません。ただ、現実生活においても、正しく物を見て、聞き、考え、行動することは幸せになるためには必要です。
私たちは心のフィルターを通して物を見て、聞き、考えています。そのフィルターは真実をゆがめています。場合によっては自分だけの考えに固執するあまり、自分に都合のいいように解釈して、事実を曲げたり、事実から遠ざかっています。素直な気持ちを持ち、何も足さず何も引かずに、ありのままをありのままに受け止めれば、心のフィルターで真実がゆがめられられることはありません。
私たちは地球上の生物の中では飛びぬけて優秀な頭脳を持った人間ですが、人間と言えども肉体は他の動物とさほど変わりありません。感情を持っていますし、感情が事実をゆがめてしまうことがあります。
また、目覚めた状態で使う精神エネルギーには、正のエネルギーと負のエネルギーがあります。正のエネルギーは世の中を良くする、穏やかで建設的なエネルギーです。例を挙げれば、協力、手助け、友愛等の自分にも他人にも「与える」エネルギーです。負のエネルギーは世の中を悪くする破壊的なエネルギーです。例を挙げれば、恨み、ねたみ、いじめ等の自分からも他人からも「奪う」エネルギーです。
心のエネルギーを正のエネルギーに保ち、エネルギーを正しい方向に向け、うまく循環させれば、私たちは皆、幸せの方向に向かうと思います。

それでは、また。