Mr.ブラボーの幸せになるこころの法則

Mr.ブラボーはこころの幸せについて、いつも考えています。お金や物も大切ですが、Mr.ブラボーは「こころの幸せ」が真の幸せだと考えています。このブログは宗教とは関係ありません。ブログの更新は、毎週水曜日の予定です。 この処方箋がみなさんの心の健康にお役に立てば幸いです。初めてこのブログをお読み下さる方は最初にこちらをお読み下さい。

吸収することについて

 今日のテーマは「吸収することについて」です。
この「吸収する」とは、知識等を吸収する意味ではなく、物事を行うときに「自分がクッションになる」の意味です。
 仕事をしているときは、部下が上司にいろいろなことを報告します。報告で大切なことは、「事実」と「自分の意見」を明確に分けて、事実のみを報告することです。意見は報告事項とは別に述べます。ただ、事実のすべてを報告するのではなく、別に隠すわけではないのですが、自分がクッションになって枝葉の部分を処理して、幹の部分のみを報告する場合があります。
 先日、家庭のエアコンが老朽化して、買い替えを行うために私が電気店に行きました。そのエアコンは広告(ちらし)には24回払い分割手数料無料と書かれていました。妻は24回払いの分割手数料が無料ならば買うと言っていました。電気店に行ってみると、店員さんが「今は1万円引きのキャンペーンを行っているので12回払いまでしか手数料が無料になりません」と言いました。そこで私は店員さんに広告(ちらし)を見せて、「1万円引きはいらないので、広告のとおり24回払いの手数料を無料にしてください」と交渉しました。交渉は成立しました。
 その日は妻に、そのような交渉があったことは伝えなかったのですが、後で伝えました。このようなことが「自分がクッションになる」ことだと思います。
 古い演歌で森進一の「おふくろさん」という歌の歌詞には「世の中の傘になる」という表現がありました。これもある意味「クッションになる」ことだと思います。
 自分がよいクッションになって、家庭や仕事がうまく回ると、自己満足ではありませんが、充実感を感じます。

それでは、また。

今月の曲
「悲しいほどお天気」(オリジナル)

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良い子、悪い子、普通の子

 以前、萩本欽一さんのテレビ番組で「欽ドン!良い子悪い子普通の子」という番組がありました。
私が学生の頃のテレビ番組で(私の年齢がわかる?)視聴者から寄せられたハガキを元に、寸劇調で演じられており、毎週楽しんで観ておりました。
 今回はこの「良い、悪い、普通」に着目したいと思います。
キリスト教の世界では「普通」が存在せずに「良い」と「悪い」しかありません。ともすると、人はこの「普通」を見落としがちです。仏教の世界には「普通」が存在します。というのは、キリスト教の世界(キリスト教徒の方、一方的に決め付けてしまいました。反論があれば謝ります。)では、神の視点から見た世界であり、中間が存在しないのです。
仏教の世界は人間の視点から見た、自然界そのものの世界なので、「中間」である「普通」が無数に存在します。無数というのは「良い」に近い「普通」から「悪い」に近い「普通」まであり、色に例えるならば、「良い」を「白」として、「悪い」を「黒」とするならば、「白」に近い「灰色(グレー)」から「黒」に近い「灰色」まで、その階調は3000色にも及びます。これは仏教で言う「一念三千」に通じます。
(ちなみに、私は現在、仏教の宗教団体には所属しておりません。) 
 とかく西洋人は白黒を付けたがります。これはキリスト教の影響なのかもしれません。日本人は古来より仏教(東洋思想)の影響を受けているのか、「和」を尊び、あまり白黒を付けたがりません。(最近の若い方は国際社会の影響か、西洋的な考えの方も多数いらっしゃいますが。)
 私が今回言いたい事は、我々が最初に目指すべきなのは「普通」だと思う事です。「普通」まで達していないのに、いきなり「良い」を目指すとその反動で「悪い」に向かってしまいます。
また、人々が一番、満足感、幸福感を感じるのは、安定した「普通」の状態です。
世の中はめまぐるしく変わっています。古来からの方法に固執して、変化に対応できないと生きて行きにくい世の中にもなってきています。リスクをとらない方が、リスクが高くなる場合もあります。そんな世の中でも、バランスを取る「普通」が重要なのは普遍な事かと思います。

それでは、また。

今月の曲

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地に足を着ける

 期限の時間が迫っている時など、イライラして落ち着かないことがあります。
あらかじめ準備が出来ていれば慌てることは無いのですが、予定通りに事が運ばずに焦ってしまうことがあります。そんな時、気持ちを落ち着かせる方法があります。
 私は、「ちん、とん、しゃん」と心の中で言って、心を落ち着かせるようにしています。
この「ちん、とん、しゃん」とは、小唄で三味線を弾く時、弾き始めに拍子をとるために使われていたようです。「ちん、とん、しゃん」は、なるべく急がずに、ゆっくり気味に拍子をとるように心の中で唱えます。
 以前にも書きましたが、焦っているときに心を落ち着かせるためには、深呼吸してみる事も効果があります。呼吸は心と体を繋ぐ役割をしています。
 スピード時代の現代では、仕事でも作業でも速度が求められます。
あまり急ぐために、心がついていかずに、地に足がついていない状態になってしまうことがあります。
 地方育ちの私の両親は、エスカレーターの階段を歩いて上ることはしません。都会では急いでいる人のために、エスカレーターの右側(関東では右側、関西では左側)を歩いて上れるように開けておくのがマナーになっています。それを知らない外人さんや老人の方は、右側に立って右側を塞いだままにしている人がいます。これも、義務ではないので、そのようなことがあっても誰も文句を言いませんが。
 私は地に足が着いている方が、仕事も学業もはかどるような気がします。

それでは、また。

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